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ICレコーダー ゲームソフトに関する旅行記

2002暮、台湾旅行記2(5):12月13日(1)台北市動物...

<2002年12月13日(金)>

<MRT木柵線の南端、北端駅へ>
 日本を発った時の計画では、この日も故宮博物館へ行って、写真の続き撮影をする予定でした。しかし、昨日、撮影が禁止になったことを知りましたので、急遽、台中へ向かう事にしました。もとより、計画らしい計画ではありませんから、その時の気分、風任せの旅です。
 台中へ向かう前にMRTの残りの路線を走破する事にしました。その手始めに木柵線の南端と、北端駅を目指しました。最初の乗車駅はホテルの最寄駅、忠孝復興駅です。この日、台中見学に出かける予定でしたが、一日乗車券を買い求めました。
 南端は動物園駅です。木柵線は高架部分なので、途中、車窓からの景色を楽しむ事ができました。最初はビルの谷間を縫うように走っていましたが、やがて田園風景に変わってきました。
 トンネルを潜ると一段とその傾向は強まり、『辛亥(しんがい)』駅では、遠くにたくさんの墓が建っているのを見かけました。最初は、街並にしては少し様子が変だと思い、目を凝らしてみましたら、傾斜地に立つお墓の群れでした。中には立派な墓も有り、ひょっとしたら、辛亥革命の犠牲者が祀られているのではないかと想像してみました。途中、何箇所か墓地のような所を遠望しました。

<動物園駅、中山国中駅>
 木柵線の南端駅は台北市立動物園です。この線路の名前になっている『木柵駅』は、その1つ北にありました。中国語では『ムーチャ』と発音するようです。『木のムー』は、日本語の訓読み『モク』が連想できますし、『柵のチャ』は、同じように『サク』を連想できます。
 因みに、新交通システムMRTで最初に開通した線路が、この木柵線です。1996年3月のことだと言います。地下鉄部分を含め、出来て間もない線路です。初乗り料金は20元です。その後は、5元刻みの料金体系になっています。
 木柵線はカーブが多いためか、4両つなぎの車両はそれぞれ独立していて、走行中はその間の行き来は出来ません。ガイドブックによれば、一両は13mに満たないと言います。この小回りの利く車両が走る区間は、完全自動運転の10.5kmです。
 朝の早い時間でしたが、動物園駅では先生に引率された生徒の一団を見かけました。社会科の授業の一環でしょう。公園の前の広場で整列した後、入場していきました。
 動物園駅から動物園までは僅かの距離です。途中、歩道には大型動物の足跡が表示してありました。白い歩道石に、黒色のシルエット(?)が嵌め込まれていました。多分、ここを訪れるお子さん達の学習用のものなのでしょう。少しデフォルメされているようでしたが、大きさ、形は実物をモデルにしているのに違いありません。
 動物園には入場せず、その前で引き返し、中山国中駅行きのMRTに乗りました。終点駅なので、高架の上には駐車中のMRTも見かけました。南下した列車が到着しますと、間も無く乗った電車は、北に向けて出発しました。終点駅までは、11区間です。
 中山国中駅は、ビルの中の駅です。この一帯は文教地区であり、多分、駅名は『中山国立中学校』に因んでいるのでしょう。後で地図を調べましたら、駅の直ぐ西に、学校マークの『中山国中』がありました。

<栄星花園、行天宮>
 中山国中駅で降りた後は、徒歩で行天宮に向かいました。1kmもない距離と見当をつけたからです。西北方向に見当を付け、おおよその距離感を頼りに、適当に街中を歩きました。
 最初にたどり着いたのは『栄星公園』でした。何かイベントが行われているらしく、白いテントが並んでいました。公園の中は、真っ青な芝生の中に色とりどりの花が咲き乱れていました。満開のサルビアなどに、一瞬季節が戻ったような錯覚を覚えました。 地図には『栄星花園』とも記載されていて、花壇が素晴らしい理由が分かりました。ゆっくりする余裕はありませんでしたから、公園の南側だけを通過しました。目的地の行天宮までは、半分ほど歩いた距離です。
 行天宮の事をガイドブック頼りに少し解説します。祀られている主神は三国志の名将『関羽』です。商売の神様でも有り、庶民の参詣が絶えないお寺だと言います。その日も龍山寺と同じように、線香の煙が絶えませんでした。青い法衣の女性の方が、束にした線香から3本を選分けて参詣客に渡していました。この方を『収驚(ショウ テン)』と呼びます。無料で『おはらい』もしてくれると言います。収驚は信者のボランティア活動であるようです。
 主神の関羽のほか、南宋の武将『岳飛』、かまどの神『司命火土君』も祀られています。ガイドブックに創建の日時が記してないのは、比較的新しい神社であるためかも知れません。建物も、全体に新しく感じました。主神が商売の神様と言う事で庶民の信仰が篤く、繁盛しているのでしょう。果物屋さんの店先と見紛うほどの、お供えの果物が並べてありました。
 独特の反りと飾りを持った屋根は、中国の寺院建築独特のものです。シルエットも素晴らしく、色んな角度から写真に納めて、このお寺を後にしました。

<台中へ>
 行天宮からは、MRT淡水線まで更に西に歩きました。目的地の民権西路駅まで1km程度の距離でした。台北駅の3つ北の駅です。ここまでくれば、台北駅は直ぐ近くです。
 予め台中往きの下調べをしていましたので、ホテルのメモ用紙を利用して、筆談で切符を買う事にしました。『台北→台中 自強』と書いて500元差し出しました。男性の駅員さんは、直ぐにうなずいて、台中往きの切符と125元のお釣を出してくれました。11時10分発、13時26分台中着の座席指定券、片道2時間16分の一寸した小旅行です。
 切符に印刷してあったのは、5号車の40番席です。自動改札券ではなく、鋏を入れて貰って入場することになります。発車の時刻まで、まだ30分以上時間がありました。早速、国鉄(?)駅構内の売店で缶ビールを買って、時間を潰しました。お昼を食べるには、まだ早すぎる時間でした。
 缶ビールを買ったコンビニのような店には、駅弁も売っていました。しかし、サンドイッチと、揚げ物主体の弁当のようでしたから、台中に着くまで我慢することにしました。
 MRT車内は勿論、構内も飲食禁止、罰金1500元なので、付近に張り紙が無い事を確認してから缶ビールを飲みました。買う時には『タイワン ビール』で通じる事が分っていましたが、コンビニ形式なので、ストッカーから自分で持ってきた品を黙って差し出すだけで済みました。
 プラットホームは電光掲示板で探しました。広い構内に人影が少なく、台湾鉄路局が運営する国鉄路線はりローカル線?と思ったのが失敗でした。台中からの帰りには、満席のため指定券がとれずに、2時間半あまりを、立ち放しと言う、労苦を強いられました。

<台中到着>
 往きは、予定の時刻に台中に着きました。帰りは徐行運転、一時停車で、大分遅れましたので、台湾のダイヤが正確かどうかは、俄に判断できません。それでも、以前中国では、『2時間以内の誤差は諦めてください』と聞いていましたので、それに比べれば、『ダイヤは極めて正確』と言った方が当たっています。
 朝方、台北では雲が多かった空は完全に晴れ上がりました。台中では申し分の無い好天となっていました。着ていた上着を脱ぎ捨てたいほどの陽気でした。駅前では大掛かりな櫓を組んで、若い人達の野外パフォーマンスが演じられていました。
 駅弁を買いませんでしたから、最初は腹ごしらえの店探しです。駅前付近を捜しましたが、それらしき店は見当たりませんでした。それで、もう一度駅に戻って構内を探しましたら、駅に隣接した場所に食堂がありました。メニューが有り、麺を頼みましたら、
 『売り切れました』
 と、若い女店員さんが仕草で教えてくれました。
 『その代わり弁当はあります』
 と言った仕草をされました。私は中国語が話せませんが、ボディランゲージは理解できます。その弁当を注文しました。食堂とコンビニが併設になっている、セルフサービスの店でした。それでも、先ほど注文を聞いてくれたレジの方が、私の席まで弁当を持って来てくれました。
 こちらも『これでOKです』と言った仕草で料金を払いました。終始、笑顔で対応してくれましたので、こちらも笑顔で余裕を持って注文する事が出来ました。店の売り子さんではなく、スーツを着こなした女性マネージャーと言った身なりの方でした。
 テーブル席を確保した後、奥の戸棚から缶ビールを探してきて、追加で料金を支払いました。ノートに缶ビール30元とメモしておきました。弁当は中華料理風の味付けで、値段は安かったものの、たっぷりのボリュームがありました。ご飯のほかには、野菜のうま煮、豆類、魚とステーキ等が入っていました。
 セルフサービスの店ですが、置き忘れた食器類は、エプロンを掛けた若い店員さんが後片付けしていました。食べ終わった後、分別収集用の塵箱の位置が分かりましたので、缶と燃える塵とを分けて入れて、店を出ました。

<台中の街>
 16時くらいの電車で台北に戻ろうと考えましたので、2時間程を市内見学に当てました。最初は駅近くの市場方面です。その市場は地図には載っていない『普聖宮』近辺にあるようでした。看板を頼りに探してみましたが、結局『普聖宮』は分らず仕舞いでした。市場の方は、せりが終わった後でした。
 途中、車の行き来が多く、ひやひやしながら道を歩きました。駅の北側を東方向でした。市場の外れには、軍施設があり、若い兵隊さんが門付近の道路の清掃をしていました。市場の外れまで来て、1本北側の広い道路に出てみました。ここからは、遠くに山並みが見えました。この辺りは公園になっているらしく、緑の多い一帯でした。
 あまり見るべきところがありませんでしたから、一旦、台中駅に戻りました。その後、駅前の地下道を北に抜けて繁華街と思しき方向へ向かいました。
 予想したとおり、駅北方面には、商店街やオフィス街と言った一角がありました。しかし、平日の午後と言う事もあって、賑わいがある場所には行き会いませんでした。多少、人だかりがしていたのは、新しく売り出されたと思われるゲームソフトの店先でした。
 台中の街で気が付いたのは、古いタイル張りのビルの壁が剥がれ落ちていた事です。複数のビルを直ぐに見つけることが出来ました。先年襲った大地震が原因ではないかと推測しました。台北に向かう機中で、台中に住んでいると言われる、隣席の女性の方が語ってくれた大地震のことです。

<帰りは立席で>
 18時頃には台北に戻りたかったので、予定通り16時頃に台中駅に戻りました。駅は結構混んでいて、どの窓口も5、6人は並んでいました。自分の番になりましたので、台北駅の時と同じように、『台中→台北 自強』と書いて差し出しました。しかし、今度は直ぐにうなずいてはくれませんでした。席を立ったり座ったりの仕草で、何かをこちらに伝えようとしているようでした。
 それでもうまく伝わらなかったので、日本語が分る駅員さんを呼んできました。
 『台北まで立ち席になりますが、それでも良いですか?』
 と言う事でした。普通電車で戻るわけにもいかないので、了解して切符を買いました。切符には座席番号の代わりに『無席』とだけ記されていました。料金は指定の場合と同じ375元でした。先程の駅員さんのボディランゲージは、日本で言う『立席』、切符に記された『無席』の意味だった事がその時分かりました。
 台北行きの電車は、予定通りの時刻に台中駅を出発しましたが、台北駅が近づくと、徐行運転、一旦停車の連続でした。結局、20分から30分遅れとなりました。18時の予定が18時半過ぎに台北駅に到着しました。
 それにしても、立ちっ放しの2時間半余りは長かった。最初のうちは車窓からの写真をとりながら気を紛らせていましたが、次第に撮りたい景色も少なくなってきました。立っていたのは閉店されたビュッフェでしたから、丁度いい高さのテーブルにもたれる事が出来ただけ、幸いでした。客室に立っている人もいましたが、このビュッフェには20人以上が立ちっ放しでした。仕事の帰りと言ったサラリーマン風の人や、学生さんたちが多かい帰りの便でした。
 明るい内に台中を出発した列車は、台北に近づくと日が落ち、辺りは真っ暗になってしまいました。台中駅に着いて直ぐ、帰りの切符を買って置けばよかったと言う反省は、後の祭でした。しかし、気侭旅でのこれくらいのトラブルは、もとより承知の上なので、1つの経験としておきます。往きに空いていたので、帰りも同じだろうと思ったのが、いけませんでした。

<今度は行きたい台中の名所>
 無計画の台中旅行でしたから、肝心の名所は何処にも立ち寄っていません。駅前付近の散策だけでした。今度は行ってみたい、台中の名所は、次のようなところです。
 先ず、日月潭です。機中でご一緒になった台中の女性の方も、一番勧めてくれた名所です。海抜746mにある自然湖の夕陽が素晴らしいと言います。しかし、
 『台中から日帰りでは駄目です。1泊が必要です』
 と、教えて貰っていました。距離でも、台中から東南に76kmの位置にあります。その人にガイドブックの『金色の弥勒菩薩像』の写真を見せましたら、
 『観光用に新しく出来ました。こちらは余りお勧めできません』
 とのご返事でした。次に行ってみたいのが、国立自然科学博物館当たりです。大きな温室もあるらしいので、ひょっとしたら、珍しい蘭に出会えるかも知れません。植物園の情報も質問しましたが、
 『植物の事に詳しくないので、台中に植物園があるかどうか分りません。でも、台北に比べると平均気温が高く、気候のいいところですから、きっとあるに違いません』
 とも、お聞きしていました。

<今日も馴染みのお店で>
 台中からの帰りが遅れましたので、席が空いているか心配でしたが、幸い私の定席は空いていました。今日も色んな料理と紹興酒1本、麦酒1本を頼みました。これがこの店でのお決まりパターンになりました。素早く料理してくれますし、ボリュームたっぷりです。
 昨年の時のこともあり、そろそろ日本へ帰る日と察したのか、店のママがデザートにサービスの蜜柑が出してくれました。お腹一杯で、食べる余裕が無かったので、一切れだけを頂いてお礼を言って店を後にしました。『ニーハオ』以外には、唯一の中国語に近い『シェ シェ』がお礼の挨拶です。

2010/08/29 02:08:11

タイ#7<19 ぶらり電脳街へ☆>...

今は雨季ですが.....しばらく雨が降らないバンコク。
朝空を眺めると雨は降りそうにない。

最近のお出かけは夕方以降が多いので、たまには太陽が燦々と出ている時に出かけよう!!
ということで、特に買い物の目的はありませんが.....(^^;;

MRT(地下鉄)とバスに乗って行った先はパンティッププラザ。
よく人が例えて言うには東京の秋葉原のような所なのだそうです。
早い話が電脳街。

パソコン、カメラ、電化製品などなど。
タイでも違法なのですが、平気で堂々とコピー商品が売られています。
パソコンソフトやゲームソフト何でもありです。

外国人にも有名で人気があるスポットでもあります。
バンコクに来たらMBK(マーブンクローン)とココには必ず行くと言う方も多いはず。

そして次は地元ッ子も多いお隣のファッションモール、プラトゥーナムへ。

しばらくウロウロした後、コーヒーショップで喉を潤して帰りのバスの方向でもある向かいのビルに移動。
行きとは逆のコースで帰宅。(^^)

今まではBTSチットロムから歩いて行っていましたが、今回は初試みで別ルートです。
自宅がMRT沿線のため、ベッブリー駅で下車し、11番のバスで行きました。
帰りは逆ルートでバスは23番を利用。
歩く距離も短く、交通渋滞も殆どないため自宅から30分かからない事が判明!!
交通費はMRT往復32バーツ、バス11番12バーツ、23番7バーツ。

ガイドブックなどにはBTSラチャテウィーまたはBTSチットロムから徒歩10~15分と記載されていますが、どちらも歩く距離がけっこうあるのでセントラルワールド前から511番のバス利用をお勧めします。
ただし、渋滞している場合は歩いて行く方が早い場合もありますが.....

2010/06/20 06:06:37

世田谷ボロ市。おばさんリポーターは行く。2...

年を明けて、毎年1月15・16日と世田谷ボロ市は開催をされる。
世田谷駅と上町駅の間で開催されている沿線最大のイベントだ。
2日目の午後の16日に、デジタルカメラ持参で街中をウオッチングをする。
歴史のある市です。最初は古着や古道具など農産物等を持ち寄ったことから「ボロ市」という名前がついたとされていますが、現在では骨董品、日用雑貨、古本や中古ゲームソフトを売る露天もあり、代官屋敷のあるボロ市通りを中心に、約700店の露天が所狭しと並び、毎年多くの人々で賑わっています。
とにかく楽しい通りです。
久々にお祭りの雰囲気に私も遊びました。
訪れてから2回目のボロ市、
 3年の歳月の変化を探しながら歩きました。


 

2010/01/17 02:01:02

パラオ・ペリリュー戦跡への旅:23日No2(倉田先生との会話...

コロール島

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平成20年10月23日(木)コロール島にて

ICレコーダーで録音した倉田先生との会話集

録音の許可は得ています


■倉田先生と自宅近くで出会う

9時25分~19分20秒

倉田先生の自宅に向う途中、出迎えてもらい、まずは附近を散歩する。
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パ:「おはようございます」

(パラオのおっちゃん二人とすれ違う)

私:「おはようございます。まだまだ年配の方、日本語しゃべられる方おってですの?」

倉:「そうですね」

倉:「これまだ実がなっていないけどランプータン。一杯なるんですよ、あれ、あそこ花咲いてるね、あれ・・・」

私:「まったく植物、というか先生の専門分野にはうといもんやから・・・」

倉:「いや僕も植物はしらないですよ」

私:「あ、そうですか海洋生物専門・・・。」

倉:「これビンロージュ、切っちゃてるね。木が高くなると、もう実がならないから・・・」

私:「あ、これ吹き込んでおいても宜しいですかね?すぐ忘れてしまうから」

倉:「ああ、どうちゅうことないですよ。悪いことしてないんですから・・」

私:「ええ、もう全く何が何かさっぱりわからないから・・・」

倉:「自然の地形をそのまま使ってね、こういう家建てているんですよ」

私:「こういう風景は昔から同じなんですかね。家はトタン屋根で・・・」

倉:「そうですね、それで高足」

私:「あ、高床式というか」

倉:「マンゴが花が咲いてるよ。白い花が一杯、あるでしょ白いの」

私:「あ~、見えないです。先生は良く見えますね。あ~、見えます見えます」

倉:「マンゴの花です」

私:「あれが実になるわけですね」

倉:「年に2回、実がなるんです」

私:「そういうのもこの家族の・・・」

倉:「そうそう自分の家の庭の木」

私:「自分の家の木ということですかね・・・」

倉:「これごらん黄色い花ですよ、これが咲き終わると実がなるんですよ。ソシャップの実がなるんですよ、カルピスのような味がするんですよ」

私:「そのまま食べるわけですか?」

倉:「そうそう大きくなって」「あそこに休憩所があるでしょ」

私:「日本から思えば豊かな暮らしですね。ホンマあれやね、働かなくても働かなくても食っていけるという・・か」

倉:「この高倉がいいですよ。風通しが良くて。今はコンクリートの家になっっちゃてるから、みんな冷えが来てね、みんな体調壊しているんですよ。」

私:「あ、やっぱり昔のままの伝統的な家のほうが」

倉:「ここに陣地がありますよ。見えないですけどね。」

私:「ああそうですか」

(写真では見えないけど、コンクリートのトーチカ陣地があった)

倉:「向こう、敵、アラカベサンんでしょ。向こうに向って。こう陣地があるんですよ、もうこの壕埋まっちゃてるけど」

倉:「これプルメリア、香水をとる木です」
倉:「あれ、アラカベサンね。」

私:「あ、あれが」

倉:「敵がこっちから来るんだから、当然こう陣地、あ、これもそうだ。これも壕なんだ」

私:「この四角いやつがね、あ、そこにありますね。コンクリート」

倉:「コンクリートうってあるでしょ。6~7人死んで埋めてある」

私:「あ~そうですか」

倉:「これ柑橘類、レモン」

私:「当時はこの辺も焼け野原だったんですかね?樹木がほとんどなくなってしまっていたんですね」

倉:「そう、当時はね1944年」
倉:「これがリンゴの木、南洋リンゴね」

私:「凄いですね、これはもともと誰かが意図的に・・・」

倉:「いやいや」

私:「自然発生的にですの、豊かな島ですね」

倉:「これはパンノキ、葉っぱが、ほら天狗の団扇に似てるでしょ」

私:「これも実がついてますね」

倉:「これの実がね、鳥が食うんです。ガジマル」

2008/12/08 07:12:07

宝石の街 甲府 遊亀公園動物園...

エクシブ蓼科の最後の夜のビンゴゲームで、次男はPSPをゲットしましたが、ソフトがありません。
そこで、お年玉でソフトを買うといって、駅前商店街に出かけました。
妻の実家のある甲府市は、かつては宝石加工の会社が沢山あって栄えていましたが、現在は町の唯一の大型デパート西武が閉店して、お正月ということもあるのでしょうが、なんだか寂れた感じがしました。
それでも、玩具屋さんにはお年玉を持った子供たちが集って、先を争うようにゲームソフトを買い求めていました。
翌日は、朝から妻の実家近くにある遊亀公園動物園に行きました。
この動物園は、山梨にある唯一の動物園です。
小さい動物園ですが、大正8年(1919年)に開園した、恩賜上野動物園、京都市動物園、大阪市天王寺動植物公園に次いで、日本で4番目という伝統ある動物園だそうで、ライオンや、トラ、象にコンドルまでいる意外な穴場です。
ひとしきり動物を見た後、動物園の奥にある小さな遊園地で遊びました。
翌日から、僕は会社が始まるので、冬休みの続きを妻の実家で過ごす妻子と別れ帰路につきました。

2008/11/05 10:11:18

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